『枝の折れた小さな樹』 鈴木光司 著
新潮社 刊
七篇から成る短編集。
表題の『枝の折れた小さな樹』は、10才で亡くなったはずの娘の80年の生涯を、コンピューターで処理された架空の映像で見るという、特異な物語。
コンピューターの技術を使えば、10才から大人に成長した姿を表現できるのだ。
残された者は、それをどんな思いで見るのだろう。
「架空世界の翔子は、80年生きて、現実世界の翔子は10年しか生きなかった。
宇宙という観点から眺めれば、共に短いといえる歳月にすぎない。」
…全くその通りである。
たった10年!そして80年生きたところで、過ぎてみれば、あっという間なのである。
だとしたら、私達の人生ってなんだろう。
必死でしがみついている生の世界。
他の短編も我々が執着している生の世界を、無機物の視点で描いている。
『わたし』 坂東眞砂子 著
角川書店 刊
坂東さんの自伝的小説、といっていいのかな、ほんとにこれ、自伝?
坂東さんといえば有名なのは、直木賞受賞の『山妣』(やまはは)。
そして、映像化もされた『死国』、『狗神(いぬがみ)』など民間伝承に材をとった、おどろおどろしいものが印象的である。
こんな日本的な作品を書く人がイタリアで建築とデザインを勉強し、現在タヒチ在住、というのは意外である。
そういう坂東さんてどんな人だろうって、とても知りたかった。
この自伝は一言でいうと、自虐的、自己否定、暗〜い過去をお話しますよーという感じ。
けど、逆に、いかに聡明で、しっかりした性格かというのが浮き彫りにされる。
自分はこんなにすごいよと自慢するより、否定的にする方が好感を得られるのかしら。
「わたしの中では生と死が入れ替わっている。生きている者は死んでいるし、死んだ者は生きている。」 生ける屍のような祖母との関わりが、ずっとずっと坂東さんの心の奥深くに根付いているのである。
『マリオンの壁』 ジャック・フィニィ 著
福島正実 訳/角川文庫 刊
また、フィニィの本です。
若い夫婦が住むことになった部屋の壁紙に、「マリオン・マーシュここに住めり」という落書きを発見する。
47年前の1926年に(この小説の設定が1973年なので)この部屋に住み、才能あふれる女優として期待されながら、落書きの翌日に亡くなったマリオン。
マリオンは叶わなかった夢を叶えるため、若い妻、ジャンの肉体に憑依する。
幽霊のマリオンとジャンの間で揺れ動くニック。
ジャンの体でハリウッドへの進出をもくろむマリオンだけれど…。
ここでは、1920年代、アメリカ映画がサイレントからトーキーへと移り変わる時代を懐かしむ、フィニィの想いが込められている。
出てくる俳優の名前、映画の題名などは、マニアにとっては興味あるものだと思う。
フィニィの古い映画へ対する情熱が、熱いメッセージとなって、伝わってくる作品である。